メディアが偏っているとか、操られているとかいう話は、最近ではもう当たり前の事実ということになっていて、このことに異論を唱える人も少なくなってきましたね。
少なくなってきてますよね。たぶん。え、そんなことはないですか、そうですか。
まあ、とにかくね、最も分かりやすいレベルで言えば、いわゆるスポンサーの問題ですよね。テレビ番組には出資しているスポンサーがいるので、このスポンサーの不利益になるようなことはできない、ということですね。
でね、このへんのことは、大抵の人が認識していることなので、特にどうということはないんですが、例えばスポンサーのさらに上からの圧力ということになると、え、そうなの、ということになります。
スポンサー企業の株主のことですね。
で、ここに外国金融資本というのが出てきて、そこにロスチャイルドとかなんちゃらモルガンなんていう名前が出てくるわけなんですが、ここに至って、ついにユダヤ人が~という話になるわけです。
メディア、ジャーナリズムがこのユダヤ人に支配されている、という話は今に始まった話ではありませんが、いろいろと表立って言われるようになったのは、ここ最近という感じがしますね。これが、いわゆるコロナのことによって、より大きな声で発信されるようになってきた、ということです。
でまあ、最近のことについては、とりあえず置いておいて、以前すこし紹介した藤田田という人の「ユダヤの商法」から、興味深いエピソードがあったので紹介します。
この本は、ユダヤ商法として、ユダヤ人の商売の仕方、考え方をまとめた格言集みたいなもので「銀座のユダヤ人」としてユダヤ商人にも認められたという藤田田さんの経験をもとに、ユダヤ商人の考え方を解説しています。
その中で、第二次世界大戦後の時点ですでにユダヤ人の力がジャーナルズムにも大きな影響力、というよりは支配力と言った方がいいかもしれませんが、を持っていたことを裏付けるエピソードを紹介しているんですね。
第二次世界大戦中にナチスは、約600万人のユダヤ人を殺害したといわれていて、戦後、軍事裁判によってナチスの指導者の大半が死刑、終身刑の判決を受けていました。
その中で、このユダヤ人の虐殺に大きな役割を果たしたアイヒマンという人物がいます。
アイヒマンは、ナチス・ドイツの親衛隊将校で、第二次大戦中に保安部秘密国家警察局で、ユダヤ人殲滅計画の実行責任者であったといわれています。ゲシュタボのユダヤ人移送局長官として、アウシュビッツ強制収容所にユダヤ人の大量移送にも関わったとされていますし、そもそもユダヤ人を抹殺する「最終解決」の計画立案者ともいわれています。
このアイヒマンは戦後、ほとんどのナチスの指導者が死刑、終身刑などの判決を受けて執行される中で、行方不明になっていました。
1960年に、アイヒマンはアルゼンチンでイスラエルの情報機関モサドに身柄を拘束されます。
尋問により、アイヒマン本人であると確証を得たモサドは、イスラエル国営航空会社の制服を着せたアイヒマンに、無理やりウイスキーを飲ませて、二日酔いの客室乗務員に見せかけて本国に連れ出したということです。
つまり、まあ拉致ですよね。
アルゼンチンで見つかった犯人を、イスラエルの情報機関が拉致して本国に連れ去ったということです。
その後、アイヒマンは死刑が確定し、刑が執行されたわけですが、藤田さんは、アイヒマンの死刑は全く当然のこととしながらも、このイスラエルの拉致に関しては、なんとなく不満だと書いています。
通常なら、アルゼンチンに対して犯人の身柄の引き渡しを要求して政治的に解決されるべきところを、勝手に連れ去っていったというところに、藤田さんは不満を感じていたんですね。
アルゼンチン政府は当然、主権の侵害であり、国際法に反すると非難したわけですが、多くのユダヤ人はこのことを正当であるとみなしたということです。
奇妙だったのは(と藤田さんも書いている)、その時の世界のジャーナリズムの態度だったといいます。つまり、アルゼンチンの主権が侵されたと騒ぎ立てた新聞は一社もなかったということです。
アイヒマンは悪者だということしか書かれなかった、ということなんですね。
一国の主権が侵されたということは、それだけで大騒ぎして然るべきだと、藤田さんは言います。
それが起こらなかったということは、世界の報道機関にユダヤ人の力が及んでいる、というなによりの証拠だ、というわけです。
不偏不党であるべきジャーナルズムもすでに偏ユダヤ党になっている、ということなんですね。
これ、1960年代にすでにこういうことが起こっていたわけですから、現代では何をかいわんやですよね。
藤田さんは最後にこう書いています。
途上国の子どもたちの1対1の支援プログラム私に言わせれば、通らない理論を通させるところに、ユダヤ人の実力の凄さがある。
ジャーナリズムさえ黙らせてしまえば、国家の主権を侵すことを始め、なんでも思いのままに振る舞える。
ユダヤ人はそれを知っているし、すでに実行しているのだ。
「ユダヤの商法」藤田田
