ジュディ・オングさんといえば「魅せられて」というヒット曲を持つ歌手として有名ですが、1994年からワールドビジョン・ジャパンの親善大使のなって活動しています。
チャイルドスポンサーとしても3人の子どもの支援をしているということです。
「何事も楽しくないことは長続きしない」
ということで、「自分のできる範囲で分かち合い長続きする活動」をという思いがあるようです。
確かに、支援活動といってもガッツリ取り組んでしまうと、はじめはよくてもだんだん負担になってくるかもしれません。
マイペースで自分のできる範囲で、というのは続けていくには大事なことかもしれません。
しかも、このご時世ですからね。自分のことも大変なのに「人の面倒までみてられるか」という気持ちになってもおかしくないですよね。
他の国の、見ず知らずの子どもたちのことに想いをはせるということは、かなりの想像力を使います。
関係ないといってしまえばそれまでですが、過酷な状況で子どもたちのことを知れば、何とかできないものなのか、いうふうに思う人は多いんじゃないかと思います。
ただ、自分の生活をないがしろにして支援活動というのもなんか違うので、余裕がない人や気乗りしない人が無理してやるものではないですよね。
時期が来て、その気になってそのタイミングになったら少しずつでも支援ができれば、それでいいんじゃないかと思います。
その気にならなければ、やることもありませんし、一生こういった子どもたちの支援に関わらない人もいていいんだと思います。
「自分のできる範囲」は、自分の中で優先順位をつけていくうちになくなっていくこともあります。
なんかね、こういった支援活動に対する違和感みたいなものを感じる人の気持ちもわかるんですよね。
当然、支援するだろ、みたいな圧にたいする違和感というかね。そういうものを感じることもあります。
もちろん強制ではないにしても、現状を見て支援をしない人は”人でなし”みたいなね。
行ってみればこういった”圧”に対する違和感は、支援という一方的な言葉にあるのかなとも思うんですね。
でね、こういった支援活動をしている人は「支援国の子どもからその成長の過程を見せるサービスを買っている」というふうに考えると、一方的な感じにならないかな、と思うわけです。
せっかくチャイルドスポンサーシップというシステムがあるんでね。
つまり、いわゆる支援金は「子どもたちの成長を見せるというサービス」を買う料金みたいな考え方です。
あるいは「支援していると子どもが喜んでいることで味わう満足感、充実感」を買う料金とかね。
この言い方は、なんか人権的にもちょっと問題がありそうな感じもしますが、これならwinwinで子どもたちとも対等な関係性になるかなとも思いますし、本質的には実はこっちなんじゃないかという気もするんですね。
まあ、支援活動なんて偽善、みたいに思っている人にはしっくりくる考えなんじゃないかな、と思います。
んなわけないか。
●ワールドビジョンのチャイルドスポンサーシップとは
- 月額4500円(一日あたり150円)で途上国の子どもたちを支援
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