国際協力に興味を持つきっかけはいろいろあると思うんですが、結局、人間は人とのつながりによって幸せや充実感を感じるものなんだな、と思うわけです。
日本での日々の暮らしに、いろいろとジレンマを抱えて生きている人は多いと思うんですね。その中にも、仕事や人間関係、将来や恋愛など、問題の多い毎日を過ごしている人は多いと思います。
最近は、社会的にも2極化が進んでいるということを実感することも多いですね。途上国でも問題になることの多い格差の問題も、途上国と先進国、高所得国という違いはあっても、確実に日本にも同じような問題が表れてきていますよね。
普通に暮らしていて、例えば炊き出しで食べ物を貰わないとごはんが食べれない、とかちょっと前ならほとんど考えられないことでした。
ホームレスの方のような生活をしている人たちの世界でしか関係のないことのように思っていたのが、最近では若い女性をはじめ若者にも貧困が理由で食べ物を食べることができない、人が増えているといいますよね。
最近の感染症の流行に伴う生活の変化によって、ガラリと環境が変わってしまった人がとても多いということです。
特に飲食店に働いていた人で職を失った人なんかは、私でも何人か知っています。
正直、国際協力なんてしている場合ではない、という人は多いんじゃないかな、とも思いますよね。海外の困っている子どもを助けることは確かに意義のあることだとは思うんですが、その前に自分の国で起こっていることにも目を向けるべきなんじゃないか、とも思うわけです。
もちろん、海外で教育を受ける機会がないとか、きれいな水を飲むのに何キロも歩いて水を汲みにいかないといけないとか、虐待を受けて傷ついている子どもたちを助けたい思うのは、人間として当然のことだとは思いますが、これ、この国内で苦しんでいる人も結構いるということに逆に気づかされてもいるんですね。
いや、世の中には苦しんでいる人がたくさんいるんだな、ということですね。
たまたま普通に暮らしている人は実はなかなか気が付かないことなんだな、ということになんか気が付いてきたんですね。これ、いいことか悪いことか、といえばまあいいことなんだとは思うんですが、なんというかね、自分の問題ばかり考えていると、こうして自分以外にたくさんの人が苦しんでいるということに気づけないということになりますよね。
でも自分が困っていればこれとても当然のことです。当然ながら、そこには優先順位がありますもんね。自分も含めて困っている人を助けるということには優先順位があるということです。
まず、基本的に自分のことは一番大事ですよね。まず、自分自身を救うことが最も優先されることです。自分が充実していないと、他人や他の人に目をやることは出来ないですよね。
自分が困っているときに人を支援したり助けようと思えるかというと、なかなかそんなふうには思えないと思うんですね。すると、まず自分の問題を解決しろ、という話になると思うんですが、でも自分の問題って果たしてそんなに簡単に解決できなかったりするんですね。
これ、ヘタをすると一生の問題にもなり得ますし、解決できないままに一生を終える人もいることを考えると、自分も含めて人を助けるってことはとても大変なことのように思えます。
そこで考えたんですが、自分を救うことで他の人を助けることができないか、ということ。あるいは、他の人を助けるということで自分自身を救うということができないか、ということです。
もっと広げて考えると、他の人を救うことでさらに他の人を助けることができないか、ということです。
チャイルドスポンサーシップというシステムのことを考えていて、なんかこんな風なことを考えていました。妄想的でとりとめのない話ですが、そんなことをダラダラ書いてみました。
