チャイルド・スポンサーシップについて調べ始めると、途上国の悲しそうな顔をした女の子や泣いている女の子の広告がやたらと出てくるんですよね。
調べると、確かに運営組織はちゃんとした国際NGOで、なおかつ国税庁から認定NPOの認定も受けているという、身元のしっかりした組織ということがわかるんですが、この広告はちょっとしたアレルギーを引き起こす可能性がありますね。
いやなんか、普通にごはんとか食べていることがなんだか後ろめたい気持ちになってくるんですよね。
支援の意義やその活動の重要性はもちろん理解できるんですが、広告のためにあえて目を背けてしまうという心理はなんとなくわかります。実際、どこかのサイトをみているときにページの横、下に悲しい顔をした女の子の画像がこれでもかと何枚も表示されると、すこし圧が強い感じもします。
私などは、最初そういった広告をみたとき、正直怪しいと思いましたもん。そのお金は、本当にその子どものところにいっているのかって、まず思いますよね。
調べれば、活動の中身の共感する人は多いとは思うんですが、実際に調べる人はどれくらいいるのかと思います。
まあ、たくさん表示させれば、アプローチする人が増えるだろうことは想像できますが、正直ウザイなと思っている人もいると思うんですよね。
1日150円の支援で、とはいっても、そんな余裕はねえよって人も必ずいるでしょうしね。海外のことを心配するまえに日本の困ってる人のことを支援しろよって思う人もいるでしょうね。
たしかにそうなんですよ。
まあ、今は自分も含めて色々調べているというか勉強している段階です。活動自体は決して悪いことではないと思っているので、応援はしています。私としては、偽善者ぶるよりは、途上国の子どもとのコミュニケーションを”買う”というスタンスが一番気が楽なのかな、とは思います。
もちろん、恵まれた国日本にいる者の戯言なんですが、エゴということについてなんだか考えてしまいます。今後変わっていく可能性はありますが。
あと、よく言われているのが、広告費をそのまま支援金にまわしたらいいのに、ということです。
たしかに、CMやネット広告でこれだけ宣伝するのにはかなりのお金がかかっていることが想像されます。
しかし、広告によってワールドビジョンの活動を知って共感する人も一定数いると思うわけです。広告によってより多くの支援金が見込めるという判断での戦略なんだろうなとは思います。
たしかに広告を打ち過ぎてかえって不快に思う人もいるとは思うんですが、広告費を支援金にする、という選択肢をはずしてもそれなりに効果が得られているということなんだろうな、と思います。
とにかく、なるべく多くの支援金を作るための手段だということなんだと思います。
まあ、広告を見て一定数不愉快になる人がいるというのは、広告、CMをするうえでの今後の課題ではあるだろうとは思います。しかし極端なくらいの演出でないとなかなか世間に対するアピールにならないんだろうな、とも思うので、そこら辺は割り切って広告しているのかな、と想像しますね。
